山口地方裁判所 昭和27年(行)9号 判決
原告 原田タキ
被告 山口県農業委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が光市大字島田字下向ケ迫三千二百五十三番地の一、田二反二畝二十六歩及び同所三千二百五十四番地畑二反二畝十三歩に付き、昭和二十七年三月二十八日附で為したる裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
請求の趣旨記載の二筆の土地はいずれも原告の所有であるが、これに付き光市第二区農地委員会は昭和二十六年六月十八日自作農創設特別措置法(以下に於てこれを「自創法」と略称する尚単に箇条を掲げるときは自創法のそれを指すものとする)第三条第一項第二号により買収すべきものとして買収計画を樹立した(以下に於てこれを「本件買収計画」という)ので、原告は右農地委員会に異議を申し立てたところ同委員会はこれを却下した。そこで原告は更に山口県農地委員会に訴願したが被告も亦昭和二十七年三月二十八日附で訴願を棄却する旨裁決し、その裁決書は同年四月六日原告に送達された。しかし本件買収計画には次に述べるような違法の点があり、これを是認した右裁決も亦違法であるからその取消を求めるものである。
一、原告が住所を有する前記光市第二区農地委員会の設けられている地区に於て適用される自創法第三条第一項第二号第三項に基いて定められている面積(以下に於て同条同項同号に基いて定められた面積を「保有限度面積」という)は五反であるが、原告は本件買収計画樹立当時右地区内に於て、光市都市計画区域中都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地で山口県知事が自創法第五条第四号によつて指定した区域(以下に於て都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地で、都道府県知事が自創法同条同号によつて指定する区域を「指定区域」という)内には五反を超える面積の小作地を所有していたが、本件指定区域外には本件二筆の土地計二反五畝九歩(この中には後述のように農地でない部分、仮に農地であるとしても小作地でない部分を含んでいるがこの点はしばらく措く)に本件以外の土地を合わしても五反を超える面積の小作地を所有していない。しかして原告が本件指定区域内に所有する小作地で買収を除外されたものゝ面積は保有限度面積たる五反の中に算入してはならないものであるから本件二筆の土地は保有限度面積を超えないものに該る。蓋し自創法第三条第一項第二号がいわゆる在住地主に限り当該在住区域にある一定限度までの小作地を買収しないことゝした法意は自作農創設を目的とする農地は元来農地として永久に保存せらるべきものであつて在住地主に対してもかゝる性格の農地を一定限度まで保有させて将来自作農となる機会を与えるというにあると解されるところ、指定区域内にある小作地が買収を免れるのはかゝる小作地は現況農地であつても将来必ず宅地化され農地でなくなるからであるから、若しこの面積を保有限度面積に算入することにすれば在住地主は将来自作農となる機会を奪われることになり、前記の保有限度面積を設けたことの法意が蹂躙されることゝなる。又仮に指定区域内にある小作地を保有限度面積に算入するものとすれば小作地所有者の在住区域の農地委員会はその者が当該在住区域外の区域に於て指定区域内にある為買収されない小作地が如何程あるかを充分調査した上でなければその者の当該在住区域内にある小作地を如何程買収すべきか判らないことゝなるが、全国に於て都市計画区域は百数十の多数に及んでいるからそのような調査は事実上不可能であるという不都合を生ずることになる。尚自創法第三条第四項には「第五条第七号及び第八号に規定する農地で命令で定めるものの面積は第一項第二号又は第三号に規定する小作地又は自作地の面積にこれを算入しない。」と規定しているがこの規定を根拠として第五条第七号及び第八号に規定する農地のうち命令で定めのないものゝ面積はこれを第三条第一項第二号又は第三号に規定する小作地又は自作地の面積に算入するという反対解釈は導かれるかも知れないが第五条第一号乃至第六号に規定する農地に付いてまで右と同じように反対解釈することはできない。しかるに前記光市第二区農地委員会は法の解釈を誤り原告が本件指定区域内に所有する小作地の面積をも本件保有限度面積五反の中に算入すべきものと考え、その結果保有限度面積を越えないものに該る本件二筆の土地に付いて買収計画を樹てるに至つたものである。
二、本件二筆の土地のうち三千二百五十三番地の一、二反二畝二十六歩(以下に於て単に本件土地というときはこの土地のみを指すものとする)は以前は全部水田であつたが原告はそのうち南東部の一反六畝十四歩(別紙図面中<イ>の<1>、<ロ>及び<ニ>の部分)を従前から訴外坂本福一に水田として期間の定めなしに賃貸し、北西部の六畝十二歩(別紙図面中<イ>の<2>及び<ハ>の部分)を昭和十七年十二月から訴外藤村惣助に対し同人に於てこれを埋め立てゝ宅地とする約定のもとに期間の定めなしに賃貸していたものであるが、
(一) 昭和十九年頃旧光海軍工廠関係の海軍が本件土地の南西方に隣接する山林の地下に工場を建設する為原告及び右訴外人等の承諾のもとに前記のように右訴外人等に賃貸していた部分の各一部である本件土地の南西部で現在その大部分が畑となつている二畝二十九歩の部分(現在本件土地を南東から北西に貫流する水路の南西側で別紙図面中<イ>の<1>及び<イ>の<2>に該る部分。以下に於てこれらの部分を「<イ>の<1>の部分」(坂本福一に賃貸していた部分の一部)「<イ>の<2>の部分」(藤村惣助に賃貸していた部分の一部)という)の水田を埋め立てゝ道路を作つて使用を始めた。それで
イ、本件買収計画樹立当時「<イ>の<1>の部分」及び「<イ>の<2>の部分」は道路敷地であつて農地ということはできなかつた。尤も当時坂本福一に於て「<イ>の<1>の部分」藤村惣助に於て「<イ>の<2>の部分」の各大部分に野菜などを栽培していた。
ロ、前述のように海軍がこれらの部分を埋め立てる際原告も右訴外人等もこれに承諾を与えたが、これは海軍の強制によるものであり海軍がこれらの部分を道路として使用することゝなつた結果右訴外人等に於てこれらの部分を耕作できなくなり、これらの部分に付いての賃貸借関係は当事者双方の責に帰すことのできない事由による契約目的達成不能によりその頃消滅し、「<イ>の<1>の部分」に付いては昭和二十年十月頃坂本福一の請求によりこの部分に相当する小作料の減額をした。従つてこれらの部分は本件買収計画樹立当時右訴外人等が使用していたとしてもそれは何等の権原に基かないものであるからこれらの部分は小作地ではなかつた。
(二) 海軍が前記地下工場建設の為その頃本件土地に近接する山腹に隧道を掘さくしたが、その際生じた土砂を本件土地の南端部に堆積しておいたところ、昭和二十年九月の大風水害の際右の土砂が本件土地の相当部分即ち本件土地の南東部で現在畑となつている三畝十二歩の部分(別紙図面<ロ>に該る部分、以下に於てこの部分を「<ロ>の部分」という)全部と本件土地の中央部で現在も水田となつている部分(別紙図面<ニ>の部分で以下に於て「<ニ>の部分」という)の一部に流れ込んだ。その後坂本に於て土砂流入の少なかつた「<ニ>の部分」の土砂を「<ロ>の部分」に引き掲げて「<ニ>の部分」だけ水田として回復したが、右土砂流入の結果「<ロ>の部分」は不毛の荒廃地と化した。それで
イ、本件買収計画樹立当時に於ても「<ロ>の部分」は未だ農地ということはできなかつた。尤も当時坂本福一はこの部分に付いても野菜などを栽培していた。
ロ、この部分は前述のように海軍の行為と自然の災害により坂本福一に於て耕作できなくなつたのであるからこの部分に付いての賃貸借関係は当事者双方の責に帰すことのできない事由による契約目的達成不能に因り前記風水害の頃消滅した。
仮に右事由によつて消滅しなかつたとしてもこの部分に付いては右風水害の直后の同年十月頃原告と坂本福一間に合意で賃貸借を解約したからこれにより賃貸借は終了した。従つてこの部分を本件買収計画樹立当時坂本福一が使用していたとしてもこれは何等の権原に基かないものであるからこの部分は小作地ではなかつた。
(三) 本件土地北西部で現況水田である五畝五歩の部分(別紙図面<ハ>に該る部分、以下に於てこれを「<ハ>の部分」という)は前述のように原告が昭和十七年十二月藤村惣助に賃貸した部分の一部であるが、この部分は元来現況已に宅地となつているが、当時水田であつたこの部分の北東側に隣接する二百三十七坪の土地と共に同人に於てこれを一体として宅地とする約定のもとに賃貸されたものであつて、終戦后の事情によりこの部分だけが宅地化されないまゝ残つているのである。そして最近八幡製鉄株式会社が光市に製鉄工場を建設することゝなり住宅、その他の建物建設の為土地を必要としている関係上本件土地附近も住宅地にしようとする気運が濃厚となり、藤村に於ても現在金策さえつけばこの部分を宅地にしようと考えているのであるから、この部分は自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする」ものに該る。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、次のように答弁した。
原告主張の事実中、原告所有の本件二筆の土地に対する自創法による買収手続、異議及び訴願が原告主張のような経過をたどり昭和二十七年四月六日訴願裁決書が原告に送達されたこと。原告がその住所を有する光市第二区農地委員会の設けられている地区に於て本件買収計画樹立当時本件指定区域内に右地区に於て適用される保有限度面積たる五反を超える面積の小作地を所有していたが、右指定区域外には本件二筆の土地に本件以外の土地を合わしても五反を超える面積の小作地を所有していないこと。本件三千二百五十三番地の一の土地二反二畝二十六歩が以前は全部水田であつて、それを原告がその主張のような区分でその主張のようにそれぞれ坂本福一、藤村惣助に賃貸していたこと(但し藤村に於てその賃借部分を埋め立てゝ宅地とする約定があつたとの点を除く)。本件土地中「<イ>の<1>の部分」「<イ>の<2>の部分」が原告主張の頃その主張の経緯で一時海軍の使用する道路敷地となり「<イ>の<1>の部分」については原告主張の頃坂本福一の請求によりこの部分に相当する小作料が減額されたこと。本件土地中「<ロ>の部分」が原告主張の頃その主張のような経緯で被災し一時耕作不能となつたことはこれを認めるが、本件二筆の土地が保有限度面積を超えるものに該らないとの点、本件買収計画樹立当時「<イ>の<1>の部分」「<イ>の<2>の部分」及び「<ロ>の部分」が農地ということはできなかつたものであるとの点、これらの部分に付いての賃貸借がそれぞれ原告主張の頃当事者双方の責に帰すことのできない事由による契約目的達成不能に因り消滅したものであるとの点「<ロ>の部分」に付き原告主張の頃賃貸借が合意解約されたとの点(但しその頃小作料額が変更された事実はある)本件買収計画樹立当時これら三つの部分を前記訴外人等がそれぞれ耕していたのは何等の権原に基くものではないからこれらの部分は小作地ではないとの点「<ハ>の部分」が近く土地使用目的を変更するを相当とするものであるとの点はいずれも否認する。本件買収計画樹立当時「<イ>の<1>の部分」と「<ロ>の部分」は坂本福一が「<イ>の<2>の部分」は藤村惣助がそれぞれその賃借権に基き耕作していた農地であり、従つて小作地である。之を要するに光市第二区農地委員会の立てた本件買収計画には何等違法の点はなく、従つてこれを是認した被告の本件裁決にも違法の点はない。
(立証省略)
三、理 由
光市第二区農地委員会が昭和二十六年六月十八日原告所有の本件二筆の土地に付き自創法第三条第一項第二号による買収計画を立て、これに対し原告から同委員会に異議の申し立てをしたが却下になつたので、更に原告は山口県農地委員会に訴願したところ、被告委員会(山口県農地委員会に対する訴願は農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二十六年法律第八十九号)の附則により被告委員会に対して為されたものと看做される)は昭和二十七年三月二十八日附で右訴願を棄却し、その裁決書が昭和二十七年四月六日原告に送達されたことは当事者に争いがない。原告訴訟代理人は本件買収計画は違法であるからこれを容認した被告の裁決も亦違法であつて取消されるべきであると主張し、被告指定代理人はこれを争うので以下先ず本件買収計画に付いての各争点に付いて逐次判断する。
一、原告は本件二筆の土地は自創法第三条第一項第二号第三項に基いて定められた面積を超えるものに該らないと主張する。そして先ず原告が住所を有する光市第二区農地委員会の設けられている地区に於て適用される同条同項同号に基いて定められた面積即ち保有限度面積が五反であるが、本件買収計画樹立当時原告が右地区内の本件指定区域内に五反を超える面積の小作地を所有していたことは原告が自白するところであり、又右地区内の本件指定区域外には本件二筆の土地、その面積計二反五畝九歩に本件以外の土地を合算しても五反を超える面積の小作地を所有していないことは被告の認めるところである。それでいわゆる在住地主が指定区域内に小作地を所有し、これが買収を免れている場合これを保有限度面積の中に算入するか否かに付いては直接明文の規定がないので原告主張の当否は専らこの点に関する法律解釈の如何できまる問題である。
先ず自創法第三条第四項は「第五条第七号及び第八号に規定する農地で命令で定めるものゝ面積は、第一項第二号又は第三号に規定する小作地又は自作地の面積にこれを算入しない」と規定しているのでその反対解釈として一応第五条によつて買収を除外される農地のうち右条項の定めに該らないもの(当然第五条第四号に規定する農地が含まれる)はこれを第三条第一項第二号又は第三号に規定する小作地又は自作地の面積に算入するものと解される。
原告は自創法が在住地主に一定限度の小作地を保有させることにした法意は在住地主に将来も永く農地として存続する小作地を一定限度保有させ在住地主に対しても将来自作農となる機会を与えるにあるのに近い将来必ず宅地となつてしまうような小作地を保有限度面積に算入するものとすれば右法意が蹂躙されてしまうからそのような小作地である指定区域内小作地で買収を免れたものゝ面積を保有限度面積に算入すべきではない旨強調する。それで自創法が保有限度面積を設けたことの法意に立ちかえつてこの問題を考えてみると、先ず自創法第三条第一項は「左に掲げる農地は政府がこれを買収する」とし、その第一号では「農地の所有者がその住所のある市町村の区域ヽヽヽヽヽ外において所有する小作地」を全部買収することにしたが、第二号では「農地の所有者がその住所のある市町村の区域内において北海道にあつては四町歩、都府県にあつては中央農地委員会議が都府県別に定める面積を超える小作地を所有する場合、その面積を超える面積の当該区域内の小作地」を買収するものとしいわゆる在住区域たる自分の住所のある当該市町村又は地区農地委員会の設けられている地区(第三条第一項の「市町村の区域」は第四十八条により地区農地委員会の設けられている場合にあつては「地区農地委員会の設けられている地区」と読み替へられる)内に小作地を所有する者(これがいわゆる在住地主であつてこの中には純然たる地主と自作農兼地主とが含まれる)は当然右一定限度の面積を超えない面積の小作地を保有し得ることゝなつている(この面積は規定の文理からしても明らかなように政府が農地を買収し得る限度を画したものであるから本来は買収限度面積であるが、これにより前記のように在住地主は当然右面積を超えない面積の小作地を保有し得ることになるのであるから用語としてこれを保有限度面積ということが差支えないのみならず后に述べるように在住地主中には同項第三号の規定によりこの面積以下の面積の小作地しか保有し得ない者もありこの面積が在住地主の保有し得る小作地面積の最大限度を画しているので、これを保有限度面積ということは理由がある)更に第三号で「農地の所有者がその住所のある市町村の区域内において所有する小作地の面積とその者の所有する自作地の面積の合計が北海道にあつては十二町歩、都府県にあつては中央農地委員会議が都府県別に定める面積を超えるときはその面積を超える面積の当該区域内の小作地」を買収することにしており、この規定によれば在住地主のうち自作農兼地主たる者でその者の所有する自作地面積が大でこれのみの面積で同号によつて定められる面積を超えるような者の小作地は全部買収されそのような者は小作地を全然保有し得ないし又その者の所有する自作地と小作地の面積を合計すれば右面積を超えるような者の小作地のうち右面積を超える面積の小作地は買収されるのであるから第三号は第二号に対する例外規定ということができる。ところで右の「その者の所有する自作地と小作地の面積を合計すれば右面積を超える」場合のうち自作地の面積が比較的少い為政府が仮に本号の規定によつて小作地の一部を買収してもその残存部分が尚第二号の保有限度面積を超えるような場合は第二号の原則により右買収部分と残存部分中保有限度面積超過部分を一括して保有限度面積を超過するものとして買収できる場合に該るから特に第三号の規定を設けた意味がない。ところが自作地の面積が比較的大きい為右に述べたような関係にならない場合は第三号によつて政府の買収し得る限度が第二号の保有限度面積の内側に向つて拡張されることになり、従つてその者はそれだけ少い面積の小作地しか保有できなくなる。これを要するに第三号は実質的にいつて自作農兼地主たる在住地主中大きな面積の農地を自ら耕作する者の小作地に付いての買収特則を定めたものでこれによりこれらの者は小作地を全く保有し得ないか或は一般の在住地主よりも少い面積の小作地しか保有し得ないことになつている。さて、自創法が耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し又土地の農業上の利用を増進し、以つて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とした(第一条)のに何故に在住地主に対してのみ原則として一定限度の小作地を保有し得ることゝしたのであらうか。本法制定当時までの我が国の実情として在住地主の圧倒的多数を占めるものは小面積の小作地しか所有しない自作農兼地主乃至小、中地主であつてこれらの者の中には、その小面積の小作地に生活の基礎を置いている者が多かつたことゝ自創法による農地買収価格が低廉なことを併せ考えればその法意は一般在住地主の生存権を保障しようとするにあると解するのが相当である(保有限度面積を設けたことが現実に如何程在住地主の生存権保障に資するかは別問題である)そして前述のように在住地主中でも生存権保障についてさほど考慮する必要がない大自作農兼地主に付いて第三条第一項第三号が右の原則に対する例外を定めこれらの者に対しては小作地を全く保有させないか又は保有さしても一般の在住地主に較べ小面積のものしか保有させないことゝしたことは一般在住地主に対して保有限度面積を設けたことの法意が右に述べたところにあることを裏書するに足るものである。そして前述の法意のもとに在住地主が一旦買収を免れてその小作地の所有権を保有した以上これをどのように利用し処分するかは必要とする適法な手続を経る限り所有者たる者の自由であり、若し在住地主がそれを希望し且つその機会を得れば自ら当該農地を耕作することができること勿論であるし、事実このような希望を持つて小作地取上の機会を待つているものが少くはないだらう。然し在住地主の中には将来も自ら耕作することは希望しない者もあらうし、又他の法律が、小作地の取上を厳重に制限していることに徴しても自創法が原告主張のように在住地主に対しその保有した小作地を将来自ら耕作する機会を得さしめようとしているものとは到底考えられない。そして在住地主に一定限度の小作地を保有させた法意が前述のように生存権の保障にあるとする以上当然一方に於ては在住地主の為に利用価値の低くない土地がその限度で保有されゝば足るということゝなり、他方に於ては利用価値の低すぎる小作地の面積を在住地主が保有し得る保有限度面積に含ませたりそのような自作地の面積を自作農兼地主たる在住地主の自作地の面積に含ませることによつてその者の保有し得る小作地面積を減少させたりその者が全然小作地を保有できなくなるようにすることは許されないものといわねばならない。この考え方は第五条各号がそれぞれ特殊な事情から第三条による買収をしないことゝした農地に付き明文の規定のないもののうち如何なるものの面積を第三条第一項第二号、第三号の面積に算入し、如何なるものゝ面積をこれに算入しないかの解釈基準となるものであり、その算入しないものを規定した前記第三条第四項を承ける自創法施行令第三条が「自作農創設特別措置法第四十条の二の規定による買収のあつた牧野の所有者がその買収のあつた后において所有する牧野を以つて開発した自作地」(第一号)「新開墾地、焼畑、切替畑等収穫の著しく不定な農地」(第二号)、「鉱山又は炭坑附近の農地で陥没の虞あるもの」(第三号)等いずれも土地としての利用価値の低いものを掲げている(尤も同令同条は右の外第四号で農林大臣の指定する農地をも掲げているがこれを承けて農林大臣の指定したものはない)のは前記解釈基準の正当性を裏付けるものである。ところが自創法第五条第四号に該る指定区域内の小作地が買収されないのは近い将来それが宅地となること確実視され、その故にこれを以つて自作農を創設するのは不相当だとされる為であるから当該農地は普通の農地に較べて一般的に土地としての利用価値が高いものといわねばならぬ。従つて前記の解釈基準に照らして考えるときそれが在住地主の当該在住区域内に存する限り当該小作地の面積を保有限度面積に算入するのが当然だといわねばならない。(在住区域外にかゝる小作地を保有する場合に付いては、在住地主は当該在住区域内に於て保有限度面積を超えない面積の小作地を保有し得るとされている以上そのものゝ面積を保有限度面積として算入すべきでないことはいうまでもない。)若しこれを反対に解するときは指定区域内に小作地を所有する在住地主は更に指定区域外にも保有限度面積を超えない面積の小作地を保有できることゝなり、たまたま指定区域内には小作地を所有しない在住地主との間にいわれなき不権衡を生ずることゝならう。
以上説明したところによつて指定区域内の小作地で買収されないものゝ面積はこれを保有限度面積に算入するものと解するから本件において原告が本件指定区域内に五反以上の小作地を所有する以上光市第二区農地委員会が本件二筆の土地を五反を超える面積の小作地として本件買収計画を立てたのはその限りに於て(后に認定するように本件三、二五三番地の一には一部非農地が含まれている)正当である。
二、次に本件三千二百五十三番地の一、二反二畝二十六歩が以前は全部水田であつたこと、原告がそのうち南東部の一反六畝十四歩即ち「<イ>の<1>の部分」「<ロ>の部分」及び「<ニ>の部分」を併わせた部分を以前から坂本福一に期間の定めなしに水田として賃貸していたこと並にそのうち北西部の六畝十二歩即ち「<イ>の<2>の部分」と「<ハ>の部分」を併わせた部分を昭和十七年十二月藤村惣助に期間の定めなしに賃貸していたことは当事者に争いがない。
(一) 「<イ>の<1>の部分」及び「<イ>の<2>の部分」に付いて。
原告は本件土地の一部で原告が坂本福一に賃貸していた部分の一部である「<イ>の<1>の部分」及び、原告が藤村惣助に賃貸していた部分の一部である「<イ>の<2>の部分」が本件買収計画樹立当時道路敷地であつて農地ということはできなかつたと主張する。この点に付き昭和十九年頃旧光海軍工廠関係の海軍が本件土地の南西方に隣接する山林の地下に工場を建設する為これらの部分に該る水田を埋め立てゝ一時道路敷地として使用したことは当事者間に争いがない。しかして本件買収計画樹立の当時坂本福一が「<イ>の<1>の部分」、藤村惣助が「<イ>の<2>の部分」の各大部分に野菜などを栽培していた旨の原告の自白に証人坂本福一、同藤村惣助(第一回)、同転末吉、同花本松吉の各証言並に検証の結果を綜合すれば本件買収計画の樹立された昭和二十六年六月当時のこれらの部分の情況は現在もこれらの部分を南東から北西に貫いて通つている幅員約三尺長さ三十二間余の約十坪の部分(別紙図面中赤色の部分)が前述のようにこれらの部分が埋め立てられる前本件土地の南西縁の外側を通つていた小径の代りとして一般人の通行に供される小径として残つており、右小径部分以外の部分は右訴外人等に於て肥培管理を施し直接耕作の目的に供していた畑であることが認められる。従つて右小径部分はこれを農地というわけにはいかないからこの部分に関する限り原告の主張は理由があるが、右の畑部分は農地であつて当該部分に関する限り原告の主張は採用できない。
次に原告は海軍が前述のようにこれらの部分を道路敷地として使用することゝなつた結果右訴外人等に於てこれらの部分を耕作できなくなり、これらの部分に付いての賃貸借関係は当事者双方の責に帰すことのできない事由による契約目的達成不能によりその頃消滅した。従つてその后訴外人等がこれらの部分を使用しているのは何等の権原に基かないからこれらの部分は小作地ではないと主張する。この点に付き前述の事情のもとに一時右訴外人等に於てこれらの部分を耕作できなくなつたことはもとより被告の認めるところであり又原告及び右訴外人等が前記のように海軍がこれらの部分を埋め立てることに付き承諾を与えたことは原告の自陳するところであつて右承諾が海軍の強制によるものであるとの立証はないが、昭和十九年頃といえば軍は太平洋戦争に於ける我が国の頽勢挽回に必死となり戦争目的達成の為に必要な措置はこれを強力に押し進めていた頃であり、一般国民にとつては戦争がいつ終るか、軍隊が将来どうなるか等に付いては全く予測できなかつたことは今尚我々の記憶に新しい公知の事実であり、かかる社会情勢を背景として海軍がこれらの部分を埋め立てゝ道路敷地として使用するに至つた前記のような動機並に検証の結果認められる本件土地と海軍がそこに地下工場を建設しようとしたその南西に隣接する山林との位置、地形の関係を綜合判断すれば、たとえ原告等の前記承諾がなかつたとしても海軍はこれらの部分の埋め立て使用を強行したであらうし且つ又これらの部分が遠からざる将来に於て再び農地として使用できるようにならうとは当時の一般社会観念では到底考えられなかつたであらうと思われるので少くともこれらの部分についての右訴外人等の賃借権はその頃当事者双方の責に帰すことのできない事由による耕作不能に因り消滅したものと考えられる。しかしこれらの部分は右訴外人等の賃借部分の各一部であるのに「<イ>の<2>の部分」に付いては藤村惣助がこの部分に相当する賃料の減額請求をしたことに付いて何等原告の主張立証しないところであり、従つて原告は藤村惣助に対しこの部分に相当する賃料請求権を失わなかつたものと認めざるを得ず、この部分の賃貸借関係が完全に消滅したとはいわれない。「<イ>の<1>の部分」に付いては原告は昭和二十年十月頃坂本福一の請求によりこの部分に相当する小作料を減額したと主張しこの点は被告に於て認めるところであるが、少くとも右主張にかゝる頃までは右に述べたと同様の関係にあつたわけである。しかしてこれらの部分は前述のように道路敷地とはなつたが土地そのものが絶対的に滅失したのではなく、これが再び農地となる可能性が絶無であつたわけではないからかゝる場合契約目的達成不能に因る賃借権乃至賃貸借関係の消滅は条理上将来相当の期間内に再び農地として耕作可能となることを解除条件としているものと解するのが相当であるところその翌年即ち昭和二十年の八月には周知のとおり太平洋戦争が終結し海軍もやがて解体されることゝなり、その結果終戦后間もなくこれらの部分を水田としてゞはなくとも畑として耕作できる状態となつたことが花本松吉、転末吉、坂本福一の各証言から窺われる(尤も現実に耕作を始めたのはこれら証言からして昭和二十一年頃と認められる)から昭和二十年十月頃には已にこれらの部分に対する右訴外人等の賃借権はいずれも復活し従つて賃貸借関係も完全に復活していたものである。従つて前述の坂本福一の小作料減額請求は已に賃貸借関係が完全に復活した后に行われたものであつて、これが同人の「<イ>の<1>の部分」に対する賃借権に何等の消長を及ぼすものでないことは当然である。従つて前記認定のように本件買収計画樹立当時右訴外人等がこれら部分のうち前記小径部分を除き耕作目的に供していたのは賃借権に基くものと認められるから当該部分は小作地でありその限りに於て原告の主張は採用できない。右小径部分は已に認定のように農地ではないから小作地でないことは当然である。
(二) 「<ロ>の部分」に付いて。
原告は本件土地の一部たる「<ロ>の部分」も本件買収計画樹立当時農地でなかつたと主張する。この点に付き昭和十九年頃海軍が前記場所に地下工場建設の為本件土地に近接する山腹に隧道を掘さくした際生じた土砂を本件土地の南部に堆積しておいたこと、及び昭和二十年九月大風水害のあつた際右土砂が本件土地に流入しその為この部分が一時耕作不能になつたことは当事者間に争いがない。しかし本件買収計画樹立当時坂本福一がこの部分に野菜などを栽培していた旨の原告の自白に坂本福一、花本松吉の各証言並に検証の結果を綜合すれば本件買収計画の樹てられた昭和二十六年六月頃のこの部分の情況は坂本福一が肥培管理を施して耕作目的に供していた畑であつたことが認められるからこの部分も農地であり、原告のこの点に付いての主張は採用できない。
次に原告は前述のような海軍の行為と自然の災害により坂本福一がこの部分を耕作できなくなりその為この部分に付いての賃貸借関係は当事者双方の責に帰すことのできない事由による契約目的達成不能に因り前記風水害のあつた頃消滅した。仮りにさうでないとしても右風水害の直后の昭和二十年十月頃原告、坂本福一間でこの部分に付いての賃貸借を合意解約したからこれにより同人のこの部分に付いての賃借権は消滅し、その后も同人がこの部分を使用しているのは何等の権原に基くものではないからこの部分は小作地ではないと主張する。しかしこの部分が一時使用不能となつた右のような事情、坂本福一、花本松吉の各証言並に検証の結果を併せ考えれば前記の事情でこの部分の耕作が一時不能となつたのは単に事実上の問題に過ぎないと考えられるからその后は水田としてゞはなく畑として使用しているとしても原告主張の事由で賃貸借関係そのものは勿論賃借権が消滅したとはいえない。又昭和二十年十月頃原告と坂本福一間にこの部分に付いての賃貸借を合意で解約したとの原告の主張はこれを認めるに足る証拠がない。尤もその頃小作料額が変更されたことは被告の認めるところであり、又本件土地中坂本福一が従前から賃借していた部分の面積が被告の認めるように一反六畝十四歩であるのに証人高木みすの証言により原告の財産管理人だつた高木喜代市の作成にかゝると認める甲第一号証の二(昭和二十一年度田地小作料徴収書)三(同二十三年度小作料金徴収表)四、五(共に同二十四年度田地小作料金徴収表)六(同二十五年度田地小作料徴収表)にはいずれも坂本福一の本件土地の耕作面積として前記面積のほゞ半分たる八畝と記載されている。しかし前記の風水害の際土砂が「<ロ>の部分」のみならず「<ニ>の部分」の一部までも流入したことは原告の自陳するところであり、これに坂本福一、花本松吉の各証言を併せ考えれば前記災害の直后である右小作料変更当時に於て坂本福一が本件土地でその賃借する部分中現実に耕作できたのは多くとも八畝歩を超えない情況にあり、荒廃に基く小作料変更に際し新小作料算定の便宜として坂本福一の賃借部分を八畝という名目にすることゝし爾来そのまゝになつているもので前記書証の記載はこれを示すに過ぎないものと認められ、他に前記認定を動かして原告の主張を肯認するに足る証拠はない。それで本件買収計画樹立当時前述のように坂本福一がこの部分を耕作目的に供していたのは賃借権に基くものと認められるからこの部分は小作地であつてこの点に付いての原告の主張も採用の限りでない。
(三) 「<ハ>の部分」に付いて。
原告は本件土地の一部である「<ハ>の部分」は自創法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする」ものに該ると主張する。しかしこの部分が従前から水田として耕作されていることは当事者間に争いなく検証の結果によればこの部分は光市大字島田字下向ケ迫の土地区画整理施行地区から東に約八十米離れた場所に位置し、附近一帯は山林、田、畑が多く、住家はさほど密ではなくその沿革位置、四周の環境からみてこの部分が自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする」ものに該るものとは認められない。尤も花本松吉、藤村惣助(第一、二回)の各証言並に藤村惣助(第二回)の証言により成立を認める甲第二号証の一、二によれば藤村惣助がこの部分を原告から借りた昭和十七年十二月当時旧光海軍工廠が建設中であり、光市の発展を見越しこゝでアパートを営もうとした同人が原告からこの部分をこの北東に隣接する当時水田であつたが現在は宅地となつている二百余坪の部分と共に賃借し原告との間にこれらを全部埋め立てる約束をしたこと、同人はそれから間もなく右二百余坪の部分を埋め立てたがその后物価騰貴やその他の事情の変化の為この部分だけ埋め立てずに残つたこと、及び同人が将来この部分をも埋め立てようと考えていることが認められるがこのような約束の存在や賃貸人藤村惣助に付いての事情は同人が自作農として農業に精進する見込ある者としてこの部分の買受資格があるか否かの点では大いに問題とされようが、この部分に付き買収計画を樹てないか否かの問題である右の認定を動かすに足るものではない。従つてこの点に付いての原告の主張も採用できない。
以上のとおりであるから本件買収計画は前記小径部分を除く部分に関する限り適法であつてこれを是認した被告の裁決も亦その限りに於て正当であり従つて原告の請求も右限度に於て理由なきものとして棄却を免れない。
これに反し前記小径部分は農地ではないからこの部分に関する限り本件買収計画は違法であり、これを是認した被告の裁決もその限りに於て違法なわけである。しかしこの小径部分の面積は僅か約十坪であつて本件三、二五三番地の一の土地の面積二反二畝二十六歩に較べれば僅少であり、これを取消しても原告にとつて殆んど利益がないのみならず、しかもこの小径部分は本件土地を貫通し且つ一般の通行に供されているのでこれを取消してその結果原告にこの部分のみに付いての所有権を留保せしめ、これに対する自由なる権利の行使の余地を残すことになることは自創法の精神からみてもこれが前記のように一般人の通行の目的に供されているという点からみても(道路法第三条参照)公共の福祉に適合しないから本件裁決中の右違法部分に付いては行政事件訴訟特例法第十一条を適用し原告の請求を棄却すべきものとする。訴訟費用に付いては民事訴訟法第八十九条を適用する。
以上により主文のとおり判決する。
(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)
(図面省略)